真実を語ろう
前々回の記事で
釣りを取り巻く環境に関して
日々考えていることの
鬱憤をぶちまけたわけですが…
どうもね。
あんま自分らしくない感じがしますね(苦笑)
過剰に攻撃的で書き殴るような文章は
私にはあっていません。
ということで
あの時言いたかったことを
いつもの自分風により丁寧に書いてみます。
結構真剣な話になるので
どうでもいい方はスルーしてください。
一方で私同様
ブラックバスについてちょっと考えてる人にとっては
それなりに考えた上で結論出しているので
面白い内容かもしれません。
まずこの一年
せっかく法律や政治学を学ぶ学部にいるのだから
最後何かしらそれを生かして
学識的にも何か一つ学んだぞと
胸を張っていえるものを掴んでから
卒業してやろうと思いまして、
その研究対象として選んだのが
我々ブラックバスや雷魚を好んで釣る人々にとって
最も身近な政治問題である
「外来魚問題」と主に呼ばれている問題についてでした。
ぶっちゃけて言いますと
まだこの問題に関する整理を
ほとんど行っていない時期
正直ブラックバスや雷魚を釣っていいものなのか悪いものなのか
真剣に思い悩んだ時期がありました。
釣ったら殺すべきなのか?
いやそれは倫理的におかしいのではないのか?
そういった思いの狭間で
何か自分が悪いことをしているような気持ちになることも
少なくはありませんでした。
ゆえにその自分の気持ちに整理をつけるためにも
学生最後の一年で
結論を出してやろうと思ったのです。
ただし一つだけ絶対の制約を設けました。
『ブラックバス・雷魚擁護ではなく中立的・客観的に真実を探ること』
私は何事にも納得が必要な人間なので
とにかく妥協無く真実を探ろう。
それでブラックバスや雷魚が邪険にされるならもうしょうがない。
そういうスタンスだけは崩さないことを誓って
調査を開始しました。
個人出費による書籍購入はもちろんのこと
多くの湖や駆除運動のHPも参照にさせて頂きました。
擁護派、駆除派。
両者多くの意見や言い分も拝見しました。
また、調査していく中で
外来魚問題に限らず
その他動植物に関しても
外来性のものなどが入ってきた経緯や状況、対策等も調べました。
そうして幾らか時間をかけて調査していく中で
一つ確実に分かったことがあります。
それは移入種に関する問題とは総じて
「人間の利害対立の構造」ということです。
更に生態系維持といった
「生物多様性」の価値観は
実は全くといって良いほど
問題になっていないということです。
つまりブラックバスや雷魚が在来種や希少種を食おうが食わまいが
人間がOK!と言ってしまえば全て丸く収まってしまうということです。
このことを発見できたことは非常に有意義なものでした。
在来種・固有種・希少種保護が
なぜあそこまで強烈にアピールされるのか?
他の外来生物が大して議論になりもしないのに
なぜブラックバスや雷魚があそこまで過激に議論されているのか?
全てのことに一応の答えを見出すことができました。
面白いことに
バス擁護派の中心である釣り人・釣り業界も
バス駆除派の中心である漁業関係者も
物事の本質をごちゃ混ぜにして
議論している場合が多いようです。
しかし分かってしまえば
駆除派の「ブラックバスを駆除して水系をクリーンに!」だとか
擁護派の「ブラックバスは生態系になじんでいる!」だとかいった意見が
全くもって実のない空虚な議論であることが
分かってきます。
どうやらこの日本という国では
まだ生物多様性に関する研究を進める体制が整っていないようでして
この辺りは政治的になりますが
政治系の大学教授から聞いた話によると
国も予算を削ってまで
この生物問題に着手する余裕もないようです。
そして環境や生物学の学者の数は
アメリカ等に比べて圧倒的に少ないようで
多面的な評価や
ブラックバスを駆除することのメリット、
希少種を保護することのメリットなど
長期的な利益の見通しが出来るほどの状態ではないようです。
それゆえ短期的な利益に目が移りがち。
ここに来て遂に問題の本質を納得するに至りました。
あなたは例えそれが絶滅寸前の希少生物としても
知りもしない人の役にも立たない生き物に
金を払って広告まで製作して休みまで返上して
保護を呼びかけますか?
客観的なそれに対する答えにこそ真相はありました。
再度断っておきますが
私はブラックバス擁護派などではありません。
かといって駆除派でもありません。
言ってみれば中立です。
そしてそうしたスタンスにおいて
やたらと目に付くなと素直に感じたのが
漁業関係者の過剰なまでのブラックバス排斥体制であり、
私がこれだけは認められんなと思ったのが
在来種・固有種・希少種を守るという
生物多様性概念を
自分達のブラックバス駆除の主張を
より強固なものとするための道具として使っていること。
ブラックバスに自分達の漁獲対象魚が食われたら困るという
本音の部分がありながら
より外見の良い社会的に賛同が得られそうな
生態系保護の概念をうまく織り込んで
本音を隠していること。
これは嘘をついているのと同じようなものです。
はっきり言いますと
別に私はブラックバス駆除を訴えることに反対ではありません。
ゆえに漁業者が
「うちの庭のブラックバスぶちころさねえと明日の生活が危ぶまれるんだわ!」
とぶっちゃけて本音言うなら
もうそれは仕方の無いことだと思います。
ブラックバスがどれだけの被害を与えるのか
完全に明確な根拠もない現状において
それに対しそれこそ
「生物多様性を破壊している!」とか
「倫理的に間違っている!」なんてことは
私には言えません。
まあ根拠が無いのは駆除主張側も同じことではあるんですがね。
世の中ゴキブリを平気で殺す人間は山ほどいるでしょう。
世の中米を当たり前のように食う人間は山ほどいるでしょう。
人間は知らず知らずのうちに
自分の利益となる行動を
生命倫理や生物多様性概念に抵触して行っています。
そしてもはやそれは
現代人が現代人的な生活を営むためには
避けては通れない道でしょう。
自然を守れ!とか言いますが
自然を守ることでCO2が減ったり
将来の資源確保となったり
結局のところその行為を行うのは
「自然を守ることで人間の利益になる」からです。
希少種守るのも一緒。
「歴史を内包している」や「貴重な遺伝子」と言われたりしていますが
それを守ることが
将来人間の利益(金だけではなく研究資料等の意味合いもある)に
なるかもしれないから守るわけであります。
利益なくして保護無し、が現実です。
だからといって誤解しないでもらいたいのは
自然を守らないでも良いとは私は全く思っていないということです。
自然保護を下手に自然中心に考え過ぎず
人間の利益のためであると割り切った方が
逆に自然を守る強力な論拠ができるということです。
「この木を守るのは将来実をつけてくれるためだ!
だから守る!」
そっちの方が現代においては潔いし自然。
少々話がずれてきたので戻しますと
私が漁業関係者に腹が立つのは
その嘘をついているという点です。
生物多様性概念を
お世辞にも綺麗とはいえない本音を飾るために使っている。
それだけならまだしも
ブラックバスを害魚呼ばわりする上に
挙句の果てに一部の過激なHP等では
ブラックバス関係者や釣り人を犯罪者扱い。
これは正直頂けませんね。
まあ大抵そこまで言う場合には
何か裏があるというのが世の常でして
冷静に見るとやはりおかしい点がチラホラ見えてきます。
漁業者側の生物多様性を利用した偽装に関して
少々長くなってきたのでここらでこの件は締めますと
とにかく嘘はつかないでくれということです。
私がその嘘について特に残念に思うことは
そういった大人側の嘘に
よく分かってもいない家族や子供が
巻き込まれている光景を
ブラックバス駆除関連のHPを中心に見る機会が多いことです。
思うにそういった人々の中には
利害対立の構図を知ることなく
純粋にブラックバスを殺すことは良いことだと
本当に倫理的な側面から信じ込み
ボランティア精神でやってしまっている大人や子供がいると思います。
果たしてそういった人々は本当のことを知っているのでしょうか?
仮に問題の本質構造を知った上で行っていなかったとすれば
もし知って自分にはバスが到底駆除すべきものには思えないと
自分で考えて感じたとき、
その手で過去にバスを殺したという事実に
ショックを受けかねません。
それを考えると不憫になってしまいます…
いささかブラックバス擁護派のような意見になってしまっていますが
それは漁業側の言いすぎ感が
どの文献やHPを見ても目立ってしまっているからなんです。
ブラックバス擁護派がよく言う
「ブラックバスは日本の生態になじんでいる」とか
「ブラックバスはそこまで増えないし逆に今日減っている」という言い分は
それを証明する根拠が現在のところ薄く
経験論的次元で留まっているため
ただの屁理屈であるという意見には
私も異論はほぼありませんが
擁護派は根拠がないなりに
過激な発言を控えているように見受けられます。
もちろん一部の釣り人が
視野の狭いバス擁護の主張を
繰り返したりしているのも見受けられますし
やたらブラックバスではなく
護岸工事が生態系破壊の根源であると
根拠も薄いのに主張する
一部の釣り業界もあるので
一概にそうとは言えません。
また、
密放流した釣り人がことを荒立てて責を問われないがために
あえて黙っているという事情もあるかもしれん。
けれど私が知る限りでは
駆除派程目立つものはありません。
とはいえ擁護派も漁業側の事情を考えた上で
下手にブラックバスを守ろう!と主張し過ぎることは
止めたほうがいいと思います。
仮にある地域においては
ブラックバスより希少種を残すことに
人間にとって長期的な利益があるということが
綿密な調査で浮き彫りになれば
ブラックバス駆除は仕方あるまいとする姿勢も必要であると思います。
屁理屈だけ述べていても問題解決にはなりません。
色々長くなりましたが
このまま行くと
エンドレスに書くことができるので
この辺で結論だけ書いて締めようと思います。
とにかく前々回の記事で少々怒っていたことは
本音を嘘で隠して過激に批判することは
止めましょうということです。
気づけば本音と嘘が混同して
その結果が現在の混沌状態です。
書籍を通して分析を行わなければ一般人でも分からないほど
複雑な状態になっている現状はもはや笑うしかありません。
で、気になるブラックバスや雷魚を釣ることの功罪なんですが…
おかげさまで
釣っても全く悪くないという結論に
至ることが出来ました!(笑)
もちろんリリースだってすれば良い。
そのリリース行為を悪だと思うのは
ブラックバスが嫌いな漁業者だけです!
釣って駆除しても喜ぶのはその釣り場で漁をする漁業者だけ!
しかも喜ぶのは内水面という
限られた水域での漁業者だけ!
海域で漁をする漁業者にとっては
はっきりいってどうでもいいことだと思います。
更に言えばその内水面漁業者の中でも
ブラックバスの実質的な被害にあっている漁業者だけ!
メディア等でも時々報じられ
何か社会問題にまで発展しているような雰囲気から
もっと多くの人が駆除に賛成しているのではないかと
思われるかもしれませんが
よくよく考えてみると殺して喜ぶのは
こういったほんの一握りの人だけでしょう。
漁業者以外の人から見れば
ほとんどの場合むしろ不要な殺生。
道徳観疑われること間違い無しなので
曖昧な気持ちで殺すのは止めておきましょう。
なのでブラックバスや雷魚釣りは遠慮なく楽しみましょう!
ただしマナーってもんは大切です。
これは外来魚問題を学んでより一層意識するようになりました。
密放流の規模はどうであれ
多かれ少なかれ
それがブラックバスを追い込む原因となっているのは
否定しようがないことでありまして
密放流はマナーの無い利己的な人間がやっていることです。
そりゃそうですよ。
やられる側としては
自分の庭にヘビ入れられてるようなもんですからねー(苦笑)
たまりませんよ。
というわけで釣った魚を別の水系に持っていくとかは
本当に止めましょう。
これだけ魅力に満ち溢れたバス釣りや雷魚釣りが
一部の人々の利益のために
消え去らないよう願うばかりです。
嗚呼、今日も魚達に感謝…
※補足
青柳純氏の「ブラックバスがいじめられるホントの理由」という書籍は
問題の整理に際し大変参考になりました。
この書籍が無ければ
実態的な問題把握に行き着くのにもっと遠回りしたことでしょう。
人との間の利害対立が問題の本質であるということも
この書籍でまず気づかされました。
ということでオススメの一冊です!
コメント
>M口君
趣味の次元で殺生するというのは
許せんというかもはや呆れる。
仮にフナ釣るのが生計に大きなウェイトを占めている仕事とか
釣ったやつ食うとかなら
そこまでとやかく言えれんし言うつもりもないが
単に自分の遊びに都合悪いから殺すとか
「ギルは生態系を壊す」等のよく聞くワンフレーズをチラッと聞いたから殺すのであれば
子供以下の思考レベルだな。
まあそういう大人になるなってことよ。
趣味の次元で殺生するというのは
許せんというかもはや呆れる。
仮にフナ釣るのが生計に大きなウェイトを占めている仕事とか
釣ったやつ食うとかなら
そこまでとやかく言えれんし言うつもりもないが
単に自分の遊びに都合悪いから殺すとか
「ギルは生態系を壊す」等のよく聞くワンフレーズをチラッと聞いたから殺すのであれば
子供以下の思考レベルだな。
まあそういう大人になるなってことよ。
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しかし解せないのはヘラ師が釣れたギルを草むらに投げ捨て殺すこと(R川)
お前の趣味ごときで殺すなよ・・・